胎盤形成不全の不育症を乗り越えて…バイアスピリンを続けて、息子が無事に生まれた日

不育症を乗り越えて生まれてくれた息子 みどり備忘録
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自己免疫の異常による不育症で、死産・早産の既往歴がある私。

そんな私が息子を授かったのは、娘が小学校に入学して、特別支援学級に通い始めてしばらくしたころでした。

それまで、

  • 学校でなかなかうまくいかない娘の対応
  • 年々衰えてくる義理の祖母の介護

などで、私は日々、疲れはてていました。

みどり
みどり

次の子を授かりたい…もう1人、子どもが欲しい…

と思っても、何年たってもまったくそんな気配はありません。私は、半分あきらめていました。

そんな中、息子は、まるで奇跡のようにやってきてくれた赤ちゃんでした。授かったことが分かったときは、大きな喜びとともに、

みどり
みどり

今度こそ、無事に、命の危機なく生まれてほしい!!!

という願いと不安が湧き上がってくる気持ちでした。

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すぐに、不育症対策の服薬開始

授かったことが判明してすぐ、私は地域の中核病院の産科に回されました。そしてそこから、高度な医療が受けられるよう、隣県のこども病院の、不育症に詳しい医師に紹介状を送ってもらいました。

この医師は、娘が早産でこども病院で生まれたとき、初めて私に、

「不育症」の可能性があります。

と指摘してくださった先生です。私はその先生に、

次の子を望んでいるなら、授かったら即座に、治療を始める必要があります。妊娠したらすぐにここに来てください。

と言われていました。

バイアスピリンの内服を開始

こども病院で、血液検査・超音波検査などをあらためて詳しくしていただき、その日からすぐに「バイアスピリン」というお薬の内服が始まりました。

私のようなタイプの不育症に関して、

「妊娠初期から安定期を経て妊娠後期に差し掛かることころまで、バイアスピリンを服用し続けること」が、とても大切です。

と説明を受けました。

バイアスピリン(低用量アスピリン)は、血液の抗凝固剤の一種で、不育症治療のほか、脳梗塞や血栓症などの治療に広く使われているお薬です。

胎児への影響もほとんど認められないとされている、安全なお薬です。

みどり
みどり

このお薬が「赤ちゃんの命綱」なんだ!

という思いで、私はアラームを2段階で設定し、毎日絶対に忘れないように服用しました。

2つの病院で、通常の倍の回数受けた検診

見えないお腹の中で、いつ不育症の影響が赤ちゃんに出てくるかは分かりません。

不育症による子宮内胎児発育遅延(IUGR)の兆候が出たら、すぐに見つけて対処する必要があります。

という主治医の先生の意見で、頻回に診てもらうことになりました。そのために、私は中核病院とこども病院の2つの病院を掛け持ちし、通常の倍の回数の妊婦検診を受けることになりました。

特に、2度の妊娠で共に異常が発生した中期から後期にかけては、より頻回に検診を受ける段取りが整えられました。

不育症の経過には、いわゆる「安定期」は、ありません。不安と向き合う日々の中、幾人もの先生の目で管理してもらえることは、とても心強くありがたかったです。こども病院は遠く、検診費用も倍でしたが、赤ちゃんの命には代えられないものです。

こども病院での、胎児ドック並みの検診

こども病院では、節目節目に胎児ドック並みの注意深い検診をしていただきました。やはり、高度医療を受けられるこども病院の検診は、ハイレベルなものでした。

  • 胎児の先天性異常の兆候が見られないか
  • これまでの妊娠時に異常が起こっていた、胎盤と臍帯の血液の流れ方

など、かなり細かく診ていただきました。検診時の赤ちゃんの順調な成長と正常な血流を見て、私と夫はいつも胸をなでおろしていました。

羊水検査を受けるかどうか

高齢出産の域に入っていたこともあり、羊水検査についての説明と受けるかどうかの確認もされました。

私は、とにかく生きて無事に生まれてくれることを最優先に考えていたので、万に一つも赤ちゃんに危険が及ぶ可能性がある羊水検査は、選択しませんでした。死産や流産を経験したお母さんは、そう考えることが多いようです。

それに私は、

みどり
みどり

たとえ、娘の自閉症スペクトラムやADHDのような発達障害があったとしても、羊水検査ではわかりませんし…

と先生に答えたのを覚えています。

ただ、のちに本当に、この子が発達障害の可能性を指摘される事態になるとは、思っていませんでしたが。そしてたとえ可能性があったとしても、あきらめることはなかったと思いますが。

流産・死産の不安と戦うために、私が使ったもの

第1子の死産を経て、娘が2か月早産の極小未熟児で誕生したときに、

みどり
みどり

「赤ちゃんの命の危機」という恐ろしい出来事は、何度でも起こりうる…。

と、私は体感してしまいました。

それがあって、私は、おなかの中にいる胎児の様子が「見えない」ことが、恐ろしくてたまりませんでした。

検診に行くたびに胸をなでおろすのですが、また次の検診までが、

みどり
みどり

赤ちゃんの心臓は、動いているだろうか…

という吐きそうなほどの不安との戦いでした。そして、自分が抱えている不安感とそのストレスが、胎児にどんな影響があるかも心配でした。

それで、私は「胎児心音計」を使っていました。

胎児心音計

胎児心音計は、聴診器のような聞き取りにくいものではありません。

お腹の皮膚の、赤ちゃんのいる場所にジェルを塗って装置を当てると、妊婦検診の時のように赤ちゃんの心音が聞こえる、という計測器です。私の場合は、妊娠5か月を過ぎると、はっきり心音が聞こえるようになりました。不安になると胎児心音を確認して「生きている」ことを確かめるのが日課になっていました。

もちろん、異常が起きているかどうか確かめることはできません。ですが、見えないお腹の中で、

みどり
みどり

赤ちゃんが、生きている…。

とわかるだけで、とりあえずは一安心できるというものでした。

28週の時に、切迫早産で一時入院

介護をしていた義理の祖母に、赤ちゃんを授かったことを告げたら、無事な誕生のためにと、彼女はついにホームに入所することを承知してくれました。

事情が事情であったので、義理の祖母担当のケアマネージャーさんが、ホームの空き待ちの優先順位を繰り上げてくれて、すぐに入所が決まりました。

バタバタと荷造りをして義理の祖母を送り出した4日後、無理がたたったのか、おなかに不規則な張りが来てしまい、私は一時入院することになりました。

みどり
みどり

あの時、義理の祖母を入所させてもらえていなかったら…

と考えると、ぞっとする思いです。

ウテメリンを内服

早産の兆候は見られず、胎児の発育も順調ということで、1週間の管理入院の後、すぐに退院することができました。

おなかの張りの予防に、「ウテメリン」というお薬の内服が追加になりました。バイアスピリンは32週で無事終了し、ここから出産まではウテメリンのみの内服になりました。

37週に入ってすぐ、予定帝王切開にて誕生

娘を緊急帝王切開で産んだ私は、息子の出産は予定帝王切開と決まっていました。

手術の日程を4パターンほど提案されたのですが、これまでの経緯もあって、

みどり
みどり

「自分のおなかの中に胎児を居させる」ことが、何しろ怖い…

と思っていた私は、提示された日程の中でも一番早い日にしてもらいました。

帝王切開術の前日に入院。

帝王切開を控えていたため、個室を割り当ててもらえました。(ここのこども病院では、帝王切開の前後3日間はMFICU機能のある個室に入ります。)

その部屋は、のちに死産になった最初の子の子宮内胎児発育遅延(IUGR)がみつかり、「この子は、もう助からない」と宣告された部屋でした。

私のおなかの中で、弱々しくも懸命に心臓を動かしているこの子が、近いうちに死んでしまう…そんな運命を受け入れられず、泣いた部屋でした。

そして、その2年後、娘が同じくIUGRを発症し、2か月以上早産の緊急帝王切開で誕生。

娘はNICUに連れていかれ、術後の私が、心配と不安で悶々と過ごしていた部屋でした。

その部屋での手術前日の夜は、1人になると涙が出て、困りました。

あの子が、見守っていてくれた気がする

そのとき、ウソみたいな話ですが、死産で亡くした最初のあの子が、私のかたわらにいる気がしました。

そばにいるから。生まれてくる弟は、ぼくが守るから。

今だけ、ママのところに戻ってきて、そばにいるから。

夜はずっと、あの子がそう言っている気配がしていました。

術前で、神経が高ぶっていたのかもしれません。

予定帝王切開で、無事に出産

翌日の朝9時、予定帝王切開で息子は無事に誕生しました。37週に入ってすぐでした。

3度目の出産にして初めて聞く「産声」に、私は涙が止まりませんでした。

無事に生まれてくれただけで、一生分の親孝行

息子は現在、発達障害の疑いで療育中です。娘も発達障害があるので、遺伝かも、と思われます。

娘が早産で小さく生まれたから、発達障害になったんだ、と、私は思っていました。でも、無事に大きく生まれてくれても、発達障害になるときはなるんですね。

息子が無事に生まれてくれたことで、私は初めて「産声」を聞き、赤ちゃんと一緒に退院することができました。私は無事に生まれてくれた息子に、本当に感謝しています。独り言ばかり言って偏食すぎる、マイペース過ぎる息子ですが、かわいくてなりません。

療育も大変だけど、この子のためだから、ぜったい頑張れる。

息子は、生きて生まれてくれただけで、もう一生分の親孝行をしてくれたのですから。

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