学校に、いや、普通学級に行きたくない、と言えない性格…そんな娘が「解放」された日

普通クラスに行くのがつらい、でもそれが言い出せない娘 娘の発達
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発達障害がある子どもにとって、「普通のクラスにいる」ということは、

  • 人間関係に、気をつかう
  • みんなと同じにできない、という劣等感
  • 自分らしくいる」ことが否定されがち

など、

娘

つらい…

娘

疲れる…

と、少なからずかなりの負担があるものです。

娘もそうです。

発達に偏りがある子どもは、交流学級(通常学級)に参加することで無理をしすぎて、心に大きな傷を負ったり、二次障害が出たりすることがあります。

だから、通常学級に参加するときには、親や先生・発達外来の先生などのメンバーできちんと連携し、

子ども本人の成長につながる参加って、どんなやり方だろう?

と模索しなくてはなりません。

娘には、さらにもう1つの壁がありました。

「通常学級に参加する」ことが「疲れる、つらい」ときに、

娘

普通クラスに、「行きたくない…」って、言えない…

の、「言えない」という部分です。

つらいときに、

娘

つらい、もうやめたい…。

周囲にSOSを出すことは、自分を守るための大事なスキルです。娘にはそれが、なかなかできませんでした。

娘の親である私には、娘の「行きたくない、と言えない…」という心情が、共感できます。なぜなら、私自身も昔、

みどり
みどり

行きたくない、と言えない…。

そんな子どもだったからです。

今回は、

娘
娘

行きたくない!

って、言ってもいいんだ!!!

みどり
みどり

行かなくていい、って、言ってもいいんだ。

と、娘と私が解放されたときのことを、まとめてみたいと思います。

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ある日娘が「普通クラスは疲れる、つらい…」とつぶやいた

少し前の話です。登校前の娘が、ため息をつく…そんな様子が何日か続きました。それで、

みどり
みどり

具合悪いの?

と私が問いかけると、娘は、

娘

普通クラスは、ほんとに疲れる…つらいんだ…

と、つぶやきました。

みどり
みどり

……行くの辛いの?行きたくないの?

娘

いや、行きたくないっていうか、そういうわけじゃなくて、行きたいけど疲れるしつらいから、つらいな~ってこと。行きたくないっちゃ、行きたくない、っていうのもあるかもしれないけど…。

奥歯にものが挟まったような言い方の、娘。

みどり
みどり

普通クラスに、行きたくないってこと?

娘

行きたくない、って、言いたくない、ってこと…

今までは、「つらいけど、頑張る!」といつも言っていた娘

娘は、いつも「がんばり屋」です。過剰に、がんばる子どもです。そして、がんばれない自分に、パニックを起こしやすいです…。

みどり
みどり

娘をサポートすべきか、撤退させるべきか…

親としては、いつも迷います。

「普通クラスに通う」ことにも、その調子でした。娘は「普通クラスはつらい、疲れる」と、たびたび言っていました。しかし、そういうときには必ず、

娘

つらいけど、がんばるんだ!

という言葉がセットになっていました。学校でも、習い事でも、いつもそうです。

  • 先生や親にほめられたい
  • 友達に好かれたい

という、根っからの「長女」気質。なのに、特性からくる注意欠如・不器用さが足かせになって、娘はいつもつらそうでした。

いじめられているわけでもなく、大きなトラブルもなかった

普通クラスに行きたくない」という気持ちが高まってきた娘。しかし、直接の原因やきっかけは、

娘

特に、なかった…

ようです。

娘の中には、少しずつ、澱のようにたまってくる、普通クラスでの違和感・疲労感があったのかもしれませんが…。

みどり
みどり

いじめる子がいるの?

娘

いない。全然。

みどり
みどり

じゃあ、なんかイヤなことがあったの?

娘

特にイヤだったことはない。

でもなんか、疲れる。私は不器用だしすぐ忘れちゃうし、みんなが迷惑だって思ってる気がする。ちゃんとやらなくちゃって思っても、うまくできないし…

娘

行きたくない、っていう気持ちはすごくある。

でも、「行きたくない、って言う」ことが、すごくつらくて苦しいんだよ…。

娘はそう言って、黙りました。ちょっと問い詰めるような形に、なってしまったからかもしれません。

思い返せば、親の私も「学校に行きたくない、と言えない」子どもだった

私には、

娘

行きたくない、って言う」ことが、すごくつらくて苦しいんだよ…。

という娘の気持ちが、よく分かりました。

それは、かつての自分も「学校に行きたくない、と言えない」子どもだったから、です。

私は昔、いじめられていた

私も昔、娘と同じように「長女気質」でした。まじめすぎ、また先生の前では優等生すぎて、ムダに正義感があって、ちょっと浮いていました。そんな私は鼻につく存在だったのか、数名の男子生徒から「いじめ・嫌がらせ」を受けていました。

机にチョークの粉をまかれたり、ノートに落書きをされたり。いじめが始まったときのクラス担任は、いじめに気がつかなかったのか、気がつかないふりをしていたのか、ノーリアクションでした。

私は、他のいじめられていた子から、距離を置いた

学年が変わっても、いじめ・嫌がらせは続きました。その矛先は、私だけではなく、他の女子生徒の1人にも向かいました。

私はそれまで、その子と友達でした。でも、その子と距離を置くようになってしまいました。

私はこれ以上いじめられたくなかったのです。自分を守るために、その子を見捨てたようなものでした。最低だったと思います。

それでも「学校に行きたくない、と言えなかった」私

今思うと、

みどり
みどり

当時の私には、「学校に行かない」という選択肢もあったのに…

と思います。

まじめでいることを攻撃される。他の子のことを見捨てて、加害者になる。自分らしくいられない、行くだけで苦しい学校なら、行かなくても良かったのです。

でも私は、「行きたくない」と言えませんでした。

「学校=通う」という固定観念から、「はみ出す」という手段。それを、思いつきもしなかったのです。

「学校=通う」という「枠」の中で、どうしたらいじめられずに過ごせるか。当時の私はそればかり考えていました。

ただ、次の学年の新しい担任の先生が、いじめに真剣に取り組み、私や友達を守ってくれたから、通えていただけでした。

行きたくない、と「言えない」。その気持ちは、なぜ?

「行きたくない、と、きちんと言葉にして言える子」は、すでにその時点で、勇気ある1歩を踏み出せた子です。または、もとから、自分の気持ちを臆せず言えるスキルを持っている、恵まれた子です。

言えずに大人になってしまった私から見ると、眩しいほどです。

行きたくない、と言えない。言いたくない。

そんな、娘や私のような人間の気持ちの裏側には、以下のような思いがあります。

相談したとき、親や先生がどんな反応をするかわからず、怖い

娘

自分が「学校に行きたくない」と言ったら、親や先生が、どんな顔をするか……。

それがとても不安に感じるタイプの子が、います。

もし相談したら、親や先生が、オロオロ動揺して、いろんな人に相談しまくって、大ごとになるかもしれない。クラス中にばらされるかもしれない。反対に、「弱気なことを言ってるんじゃない、もっと強くなるべき!」と諭されてしまうかもしれない。「くだらない悩みだな」と、相手にもしてもらえないかもしれない。

とにかく、「学校に行きたくない」などと口にすることで、現状がどうなるのかわからない。良い方向に展開していく未来が全く想像できない。それが、とてつもない恐怖に感じるのです。

私もそういう思考の傾向がありますが、娘はそれが、もっと顕著です。予想がつかないことに、大きな不安とストレスを感じやすいのです。

「自分は頑張れない」と、思いたくない

「学校に行きたくない」「普通クラスに行きたくない」と口にすることは、「自分が、もうがんばれない、と認めること」になります。

この、「自分の限界を認める」ことが、娘は特に苦手です。

娘

私はできない…がんばれない…

と考えることで、劣等感とみじめさを強烈に感じ、パニックの引き金になってしまいます。生きていく上で、どうしてもたくさんの失敗をしてきて、やはり「自信がない」部分も大きいと思います。

行かなかったら、友達がどう思うか…が怖い

先生や親の反応が分からない、怖い…それと同じように、

娘

行かなかったら、友達がどんな風に思うか…

ということも予測がつかず、不安と心配が強くなる子もいます。

弱虫と思われるかも。「かわいそう」みたいに、憐れまれるかも。「いない方がいい」って思われるかも。「何を話しかけたらいいかわからない」みたいに、腫れもの扱いされるかも。

大人の反応よりも、クラスメイトの反応の方が、ダイレクトに、強烈なものとして感じるようです。その分、悪い想像も膨らみ、不安も大きくなります。

このまま、普通クラスに行けなくなりそう…で怖い

娘は、学校が好きです。特別支援学級が大好きです。そして、交流学級(通常学級)の方も、嫌いなわけではないのです。

普通クラスも、自分のクラスだと思っている。だから、みんなと仲良く、うまくやりたい。

でも、なかなかうまくいかないし、うまくやろうとすると疲れる…。

娘

けど、ここで休んじゃったら、もう、普通クラスに戻れなくなるかもしれない。

戻るためのハードルが、越えられないほど高くなってしまうかもしれない。

娘は、そう感じているのです。そして親の私も、つい、そう思ってしまいます。

実際には、「戻れない」などと決めつける必要もないし、「戻れなかった」としても、娘にとって、普通クラスに参加することだけが正しい教育環境、というわけでもありません。長い目で見て、どんな形であれ、きちんと自己研鑽を積んでいけば、大人になったときに生きる道はたくさんあるのですから。それなのに、

みどり
みどり

娘には、

娘

普通クラスに行けない…

っていう状況には、なってほしくない。どんな形でもいいから、少しだけでもいいから、通ってほしい…。

娘

クラスは、病気じゃないのに休んだらいけない…。

やはりどこかで、そんな固定観念に、私も娘も、親子でがんじがらめに縛られていたのです。

「行かなくてもいいよ。あなたには、特別支援学級があるじゃないの」

娘の入学のころは、「普通クラスに通っていないと、娘がダメになる」「もっと自分を鍛えてほしい」などと思いつめ、我が子に寄り添うことができていなかった、親の私。

でも、特別支援学級でいきいきと過ごしながら、通常学級での交流も楽しみ、どんどん成長していく娘。それを、この数年見つめてきて、

みどり
みどり

「普通」とは違っていても、ステキな生き方って、たくさんある。

私は、ようやく穏やかな気持ちで、俯瞰的に娘を見つめられるようになった気がします。

みどり
みどり

…じゃあ、普通クラスはお休みすれば?

娘

……え、いいの?休んでも、いいの?

みどり
みどり

いいんじゃない?行かなくても。

そんなにつらいんなら。

あなたには、特別支援学級があるじゃないの。ずっと1日中、特別支援学級の方にいればいいんじゃない?

娘

普通クラス、もう行かないってこと?

みどり
みどり

何日か、特別支援学級でゆっくり過ごして、これからどうしようか考えてみたら?

娘

でも、先生たちがすごく私を心配しちゃう。普通クラス行かないと、友達もどうしたのかな?って変に思うと思う。

みどり
みどり

いいじゃん、そんな遠慮しなくても。特別支援学級だってあなたのクラスなんだから、堂々とそこにいていいんだよ。

先生たちだって、そりゃ心配するだろうけど、きっと、

休んでもいいよ

って言ってくれると思うよ。

勉強だって、別に普通クラスじゃなくても支援級でしっかりやればいい。

娘

じゃあ、休みたいって、先生に言ってもいいかなあ?

娘の顔が、ぱっと明るくなったように見えました。

娘は、小さな呪縛の1つから、解放されたように見えました。

そして私の方も、ずっと絡まりついていた呪縛の1つから、解放されたような気がしました。

昔の私自身も、自分で気がついていなかったけれど、誰かに、

行きたくない、って言ってもいいよ。

行かなくていい、って言ってもいいよ。

と、言われたかった…のかも、しれません。

娘の「行きたくない」のその後

娘はその日の朝、担任の先生に、

娘

今日は、普通クラスをお休みしたいです。

と、ちゃんと言えたようです。そして1日、特別支援学級で自分のペースで過ごしたそうです。そして娘と先生は話し合い、それから1週間ほど「理科の実験だけ」「帰りの会だけ」と、ちょこちょこ通常学級に顔を出すことに。

  • 娘のペースで過ごすことを容認されたこと
  • たまに通常学級に行っても、クラスメイトたちはいつもと変わらなかったこと

で、娘の不安感は薄まり、現在では、これまで通りのスケジュールで交流を楽しめるようになりました。

特別支援学級の先生が、じっくり話を聞いてくれた

学習の合間や休み時間、特別支援学級の担任の先生は、娘の話をじっくり聞いてくださったそうです。娘は、肩の荷を下ろしたような、はればれとした顔で帰宅するようになりました。

そして先生に伝えたその日の夜には、心配した担任の先生から、親の方にも様子うかがいの電話がかかってきました。

娘さんが「普通クラスを休みたい」と言っていること、お母さんもご存知でしょうか…?

みどり
みどり

いや、親が、

みどり
みどり

行きたくない、って、言ってもいいよ~。

って言ったんですよ、すみません笑

そう言うと、特別支援学級の担任の先生も、ちょっと安心されたようでした。その後も、特別支援学級の先生方と、交流学級の担任の先生とで密に話し合い、交流学級の参加の仕方を調整してくださったようでした。

普通クラスの親友が、親身になってくれた

交流学級のクラスメイトで、幼なじみのRちゃんが、休み時間に娘の様子を見に、特別支援学級に来てくれたそうです。

そして、話を聞いて、笑顔でこう言ってくれたそうです。

Rちゃん
Rちゃん

言ってよ~そんなに悩んでたんなら~。

相談してよ~。友達でしょ。

娘

Rちゃん優しい。私あまりため込まないように気を付ける。

娘は、友だちに気にかけられて、ほっとした表情でした。友達と顔を合わせて、あたたかい態度で話してもらえたこと。それで、悪い想像からくる不安感や恐怖が、ずいぶんやわらいだようです。

私の方は、

みどり
みどり

小学生女子、会話のレベル高すぎる…。

これじゃ娘は、イヤなことがなくても、普通クラスに行きにくくなるわけだわ…。

と、少々カルチャーショックを受けました。

つぶやいてくれて、親を信頼してくれて、うれしかった

娘には、支えてくれる人がたくさんいます。

親のほうも、自分たちだけでなく、たくさんの人たちと一緒に娘を支えていけることで、救われている部分が多くあります。

そして今回、娘が「行きたくない」とつぶやいてくれたことが、私はうれしかったです。

娘が「自分を守るために、誰かにSOSを出す」ということに、1歩を踏み出してくれたからです。今回言えたから、次のピンチのときにもまた言える。そんな自信につながったのです。

発達障害の特性を持ちながら、生きていく。それは、失敗や辛い経験が、どうしても人より多くなってしまう旅です。その中で、娘が幸せに自分らしく生きていくためには、

  • つらくなったら、SOSを出す
  • 自分の意志で、つらいことをやめる、やめたことに自信を持つ

そのようなスキルが、実はとても大事になってくるのではないか。最近はそう感じています。

そういった意味での感情のコントロールを、これからも親子で、少しずつ練習していけたら、と思うのです。

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