3か月たった母子通園療育と発達検査、息子が目指すべき療育のゴールとは?

発達障害があるときの療育のゴールはどこなのかが見えない息子 息子の発達
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3歳児健診で荒れに荒れて、母子通園療育を開始した息子。

食事、トイレ、着替え…。とにかく、すべての生活活動がやりたくない息子。療育園で始まった日々のスケジュールは、息子にとっては苦行でした。

みどり
みどり

娘のときに、さんざん勉強したし。

2度目の療育なんだから、余裕だわ。

と思っていた私も、手ごわい息子の全力拒否に、すっかり自信をなくし、息子の将来を悲観する日々でした。

そんな息子ですが、療育園に入園して3か月が過ぎたころから、ようやく療育の効果が見え始めました。少しずつ、少しずつですが…。

息子の療育のゴールは、どこなのか。

息子がこれから、どんなふうに、どこまで発達してくれるのか。

療育では、見えないゴールに向かう道を探しながら、まずはスモールステップの次の段を目指すしかないのです。

今回は、母子通園療育を開始して3か月たったころの息子の様子を、まとめてみたいと思います。

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母子通園療育~3か月たった、息子の様子

息子と同じ時期に療育園に入園してきた子は、ほかにも何人かいました。お友だちに手を出してしまう、言葉が全然出てこない、身辺自立ができない、親や先生・おともだちなどの周囲の人たちとのかかわり方が独特…。

みんなそれぞれ、いろいろな困難を抱えて、療育園にやってきた子どもたちでした。

つい、ほかの子と比べてしまう私

療育というのは、つみかさねです。一朝一夕で成果の出ないものです。そして、効果の度合いやスピードは、子どもによって違います。うまいやり方を見つけて、ぐんぐんと吸収していく子もいれば、試行錯誤を続けてもなかなか効果が出ない子もいます。

だから、療育の効果をよその子と比べるのは、意味のないことです。

それはよくわかっていたのですが、同じ時期に入園してきたよその子どもたちが、

おはようって言えるようになったね!

今日は、靴を靴箱にしまえたね!

などと褒められているのを目にするたびに、息子のできないことばかりが気になってしまい、私はついつい、比べて落ち込んでしまうことが多かったです。息子が、ますますほかの子と離れて、取り残されていくような気がしました。

「やりたくないことは絶対にやらない」息子。こちらの指示の意図が理解できなくて、やらないのか?理解しているけれど、できないのか?

息子が暴れる「背景」もよくわからず、知的に問題があるかもしれない可能性も考えられました。

入園後、いったんなじみかけたところでクラス替えがあり、しばらく心を許していない様子の息子でしたが、3か月たったところで、少しずつ生活に慣れる様子も見え始めました。

偏食については、ほんの少し前進?

入園当初は、

  • 給食のとき、教室に入るのを拒否
  • 自分の前に給食が並べられるだけで、
    息子
    息子

    うぎゃーっ

    と泣いて大暴れ

  • 庭に脱走

という感じで、給食のたびに癇癪を起していた息子でした。担当の先生は、

まずは、給食を拒否する息子くんを、お母さんも受け入れましょう。

とおっしゃって、脱走してブランコをこぐ息子と向き合ってくれました。そんな息子にたてられた、『給食』の最初の目標は、

教室にいられるように練習しましょう」
泣いて癇癪を起すのではなく、『イヤだ』と言葉で言えるように練習しましょう」

でした。

泣いて暴れる息子を見ると、私には、けっこう遠い目標に感じました。しかし先生方のきめ細かいかかわりで、3か月たつと、

  • 教室には、いやいやながらも、なだめられて入る
  • 給食を並べられても、嫌な顔はしても、泣きわめかない
  • 息子
    息子

    いりません

    と言って、給食をお盆にのせる

  • 息子
    息子

    いただきます

    息子
    息子

    ごちそうさま(食べていないけれど)

    が言えるようになる

  • 脱走の頻度が減る

という感じで、給食時の息子に、わずかながら進歩がみえました。

ただ、まだまだ給食への拒否感は強く、「食べられる」ようになるには、道は果てしなく遠い感じでした。

昼寝についても、ほんの少し前進?

寝つきの悪い息子は、「昼寝」も嫌がって泣きわめいていました。午睡は大きいお部屋でみんなで、というのが標準でしたが、息子は泣いてしまうので、個室を用意してもらえました。

3か月たつと、嫌がるのは変わらず、個室は継続でしたが、泣かないで布団に入れるようになってきました。

トイレについても、ほんの少し前進?

トイレは、最初は入ることすら拒否していました。

家では誘導すれば、できるのに…。便器がいくつか並んだ広いトイレで、可愛い絵や消防車の写真も貼ってありましたが、息子は、

息子
息子

怖いー!怖いー!

の一点張りでした。そこで先生が、

息子くんのお着替えは、トイレの着替えスペースに指定しましょう。

と考えてくださいました。

トイレに併設されているシャワールームにじゅうたんを敷き、そこが息子の「昼寝前の着替えスペース」になりました。「トイレに行こう」ではなく「お着替えしようね」と声をかけることで、息子は、

息子
息子

……

とりあえず、しぶしぶながらもトイレに入室はできるようになりました。

着替えも本当は大嫌いですが、場所を決めてもらって安心したのか、そこまで拒否することはなくなりました。

遊びのスケジュールを拒否

遊びは好きだった息子ですが、やり方や内容によって、遊びでもやりたくないものは嫌がるようになりました。給食、着替えなどの生活活動に少しずつ慣れてくれたのは良かったのですが、それと連動するように、遊びに関するこだわりや拒否が始まりました。

担当の先生や教室の環境に慣れたことで、自己主張が出てきたのかもしれません。サーキットや手遊びなどで自分のルールで遊びたい、次の遊びのスケジュールに切り替えにくいという感じでした。

絵カードが、かなり有効

息子はかなりの視覚優位があるようで、「次にやること」や「今日の予定」、「やってはいけないこと」などの認識には絵カードがとても有効でした。

例えば、言葉で、

みどり
みどり

お着替えしてお昼寝だよ。

というと、

息子
息子

イヤだよー

とすぐに泣いて癇癪を起す息子でしたが、「着替え」「絵本」「昼寝」とカードを見せながら伝えると、いやいやながらも従ってくれる、という感じです。

何年か前、同じく視覚優位の娘には、絵カードはあまり有効ではありませんでした。字が読めるようになって「字カード」や「字幕」が使えるようになると、それらはとても有効でした。

視覚優位でも、認識しやすいものが違う、ということもあるのかもしれません。

療育園で、発達検査を受ける

3歳のときの娘と同じく、3歳の息子も「新版K式」という発達検査を受けました。

この発達検査で、息子は「言語・社会」の分野で突出して低い数値が出ました。

しかし、息子は「言語」そのものというよりは、「コミュニケーション能力」について困難を抱えているのではないか、と指摘されました。

参考までに、娘が3歳のときにうけた発達検査についてはこちらです↓

息子が、療育で目指すゴールとは?

療育園に入園し、発達検査も受けて、私は「息子のこれから」について、深く悩むことになりました。

私は、

みどり
みどり

息子がみっちり療育をつみかさねたら、いずれ保育園に入れるだろう。

保育園に入って、そのあと小学校には特別支援学級もきちんとあるし、小学校に入るだろう。

という「保育園・小学校」を、自分の中で一定の到達地点にしていました。

それなのに、息子がそのゴールにたどり着くまでの道が、まったく見えないのです。息子は文字も数字も読めるのに、周りの人とは、キャッチボールのコミュニケーションにならないのです。

保育園に入園できたら、ゴール?

本当は、私はわかっていました。発達に偏りがある子どもにとって、療育は、効果が出たら終わり、ではないことを。

ADHD(注意欠如)と自閉症スペクトラム障害がある娘は、小学校高学年になった今でも、日々様々な困難と向き合い、自分なりの生き方・過ごし方を模索しています。年齢が上がり、本人が発達してくると、そのステージごとに、新たな問題にぶつかります。

発達障がいがある子どもは、ずっとずっと「自分らしく生きる方法を探し続ける」ことになるのです。まあ、それは発達障がいに限らず、本当は、すべてのこどもに当てはまること、なのかもしれませんが…。

小学校入学も、就職も、ゴールではない…それでもゴールが知りたい

保育園入園も、小学校入学も、ゴールではない。遠い未来、就職も、結婚も、ゴールではなく新しい困難のスタートになってしまうかもしれない…。それは思っていても、先の見えない療育に、私は一定のめどがほしかったのです。

息子をこれから、どこへ導いてやればいいのか?本人にとってつらいことを、どこまで頑張らせてやればいいのか?

方向性も方法論もわからず、悩むばかりだったからです。

「自分らしい生き方」を身につけることが、ゴールかも?

息子の「療育」のゴールは、どこにあるのか?

療育園の療育が、いつか卒業して終わってしまっても、私と夫は親として、息子をずっと見守り、サポートしていくことになると思います。その見守り、ということのゴールは、遠い先か、もしかしたらないのかもしれない。

でも、息子の人生そのものが幸せになるように働きかけを続けていって、将来、息子が「自分らしく、幸せに生きる生き方」を身につけることができたら、その働きかけ、という意味では、ゴールに到達できるのかもしれません。

息子の「幸せ」は、誰が決めるの?

将来、息子にも幸せな未来があってほしい。発達障がいがあっても。私はそれが望みであり、不安です。

でも、進学できないんじゃないか。就職できないんじゃないか。就職できても失敗するんじゃないか。金銭的に、苦しい思いをするかもしれない。大きな失敗をしたとき、息子の人生はめちゃくちゃに壊れてしまうのではないか。

そうしたら、息子は幸せではなくなってしまうのではないか。私はそれが、不安なのです。

でも、その不安と心配を夫に話した時、夫は、

息子が幸せかどうかは、息子本人が決めること。

みどりが言ってる「息子の幸せ」は、「みどりの価値観」から見た「息子の幸せ」。

みどりの価値観で、息子の人生を決める必要はない。

と言っていました。そうなのかもしれません。障害への偏見は、私の内なる偏見なのかもしれません。

スモールステップを、着実にのぼるしかない

とりあえず今は、息子が将来「自分らしく暮らして、幸せに生きる」というゴールのために、息子の発達をうながしてやりたい。そのために、息子ができることを少しずつ増やして、息子が警戒心丸出しで見つめている「世界」を、少しずつ広げてやりたい。

結局、そこに向かって今できることは、モールステップを、着実に踏んでいく。これに尽きるのではないか、と今は考えています。

3か月の療育で、見えてきたかもしれない小さなステップが、効果の始まりだと信じるしかない、という気持ちです。

療育の効果で進歩したことを、必死で数えた日々

母子通園療育に通い始めて3か月、それでも少しずつ見えてきた息子の発達の兆しに期待しつつ、まだまだ見えてこない息子の行く末に、私は暗中模索の思いでした。

それでも、療育園に通い始めて半年たったときには、息子はさらなる進歩を見せました。それと同時に、息子がこれから歩む道のりが、きっと「普通」の道になることは難しい、と突き付けられることにもなりました。

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