普通クラスは辛かった…娘がそれでも通常学級と交流を続けた理由~特別支援学級での娘の歩み

普通クラスはつらかった。そう言って泣いた娘 娘の発達
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我が子が特別支援学級に在籍していると、交流学級(普通クラス)にどのくらい参加させたらいいのか、悩む方も多いと思います。

みどり
みどり

特別支援学級か通常学級か、どっちに在籍させよう…

入学前には、私はさんざん悩んでいました。

しかし入学後は、

みどり
みどり

娘を、どれくらい普通クラスに参加させたらいいだろうか…

ということが、悩みのメインになってきました。

入学後、通常学級ではまったくうまくいかず、早々に特別支援学級に移った娘。そこからは、毎日楽しそうにのびのびと、小学校生活を送っていました。

学年が上がってからは、交流学級への参加も進めていました。

しかし、こちらは簡単にはいきませんでした。娘が失敗したり落ち込んだりするたびに、先生方と親とで何とかフォローする、という日々が続きました。

そんな中で、私は親として、

みどり
みどり

将来のために、成長のために、普通クラスへ参加してほしい。

という思いと、

みどり
みどり

普通クラスに参加することは、本当に娘のためになっているのだろうか?

という迷いで、揺れていました。

むすめはそれでも、特別支援学級をメインに据えながらも、細々と通常学級にかよい続けました。

なぜそんなにがんばっていたのか。交流学級の存在には、どのようなメリットがあるのか。

今回は、娘が交流学級へ参加していった過程と、娘本人のきもち、今現在私が思うことなどを記していきたいと思います。

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入学したばかりのころの、親としてのスタンス

そもそも、入学前に「特別支援学級か、通常学級か…」と私が悩んでいた理由は、

みどり
みどり

支援級じゃ、友達ができない

みどり
みどり

勝手気ままに過ごしていたら、集団生活がどんどんへたになっちゃう…。

と心配していたからでした。

慣れてほしい

とにかく、普通クラスの環境に慣れてほしい。これから先、守ってくれる学校生活が終わって、社会に放り出されたときのためにも、慣れておいてほしい。

もちろん娘にとっては、普通クラスはつらい環境だろうけれど…。

でもつらいからこそ、今から慣れておかないと苦手意識が強まって、余計に社会の中に入れなくなるのではないか。私はそれが不安でした。

普通の友達が欲しい

娘には、普通の友達をたくさん作ってほしい。そうしないと浮いてしまっていじめられるのではないか。

特別支援学級の子どもたちは、私から見ると、「協力」とか「まとまり」とか、そういうものとは違う世界にいるようでした。

しかも娘以外は、全員が男の子…。きっと娘には本当の友達になれないだろう、と思いました。

支援学級は、ぬるま湯すぎる

特別支援学級では、たしかにのびのび過ごせて、娘は毎日楽しそう。

でも、支援学級という「ぬるま湯」の中にいたら、嫌なことがあったときにがんばれない子になってしまうのではないか。実はこれが、一番心配でした。

そうならないように、普通クラスに行って自分の心を鍛えてほしい、と思っていました。

練習すれば、普通クラスでも過ごせるようになる

娘は人よりも多く練習したら、できることもそれなりにありました。

だから「普通クラスにいること」だって、訓練をつんで慣れたら、意外とちゃんとやっていけるのではないか。私はそう期待していました。

娘の担当の先生方の、通常学級参加へのスタンス

通常学級の担任の先生は、

無理に参加させるのは難しい

少しずつ、上手に参加できるようになったら、だね。

というスタンスでした。特別支援学級の担任の先生は、

発達外来の先生のご意見もありますし、少しずつ参加を増やしたいとは思います。でも、交流に行ったときには通常学級の先生に任せなくてはいけないので…。

現実的にはゆっくりと、ですね。

とおっしゃっていました。発達外来のG先生は、

本当は、もっと積極的に通常学級に参加してもらいたいです。

経験値をつむことで、学べるお子さんなんです。

事前に流れを確認しておくとか、そういうサポートが学校でもっとしていただけたらいいんですが…。

と、学校側のスタンスには少し不満そうでした。

やはり、交流学級に参加するには、交流学級の担任の先生の強力なバックアップが不可欠です。

通常学級を運営していくことは、先生と娘だけの問題ではありません。他の子どもたちとの関係・授業方法や進度などを考慮していかなくてはなりません。

「参加させたい」という親の思いは伝えても、学校側も「はいそうですか、じゃあおいで」などと安うけあいは、できなかったと思います。

しかし、入学当初、あっという間に特別支援学級に移動させられた(と、感じていました)親としては、

みどり
みどり

やっぱり、娘がじゃまなのかな…。

普通クラスの先生には、娘がいると迷惑だと思われてるのかも…。

という屈折した思いを感じていました。

通常学級との交流を、増やしていった

まずは、総合学習にチャレンジ

短期記憶が著しく弱く、ノートが取れない娘。国語や算数などの授業は難しいので、「総合学習」の授業から参加し、交流をはじめました。

娘は、教室に入ることを拒否…

娘は、親の思いもむなしく、普通クラスの教室に入ることを泣いて拒否しました。総合学習のテーマ(当時流行っていたせいか、妖怪でした)が怖くて、受け入れられなかったのです。

仲のいいおともだちも何度か誘ってくれたのですが、足がすくんでしまって、どうしても教室には入れませんでした。先生方も、これは無理じいさせない方がいい、と早々に判断して、結局1年生のうちは総合学習には参加できませんでした。

2年生に進級し、ようやく総合学習に参加

本人が「行ってみたい」と言ったので、特支の先生が付き添って

2年生に進級したところで、娘の中に心境の変化があったのでしょうか。娘本人が、

娘

総合に行ってみたい。

と言い出しました。

そうはいっても、怖かった記憶が消せず、1人で行くのは難しかった娘。そこで、支援学級の先生が付き添ってくださいました。何度か付き添ってもらって安心できたのか、ほどなくして1人で入室できるようになりました。

総合学習は、みんなで話し合って進めていく授業

ところが娘にとっては、総合学習こそが、なかなか難易度の高い授業なのだと、行かせてみてから判明しました。

総合学習は、クラスのみんなで話し合いをしながら進めていくものです。「ここはもっとこうした方がいい」「次の総合の時までに、みんなでこれを準備しておこう」など、次々に提案されるアイデア、それについて考察していくこと。

まさに、ディベートです。

このディベートが、短期記憶の弱いにとっては、まったくついていけません。

見かねて、支援学級の先生がフォローしてくださっていましたが、どんどん出される意見を情報処理することもままならない娘。

結局、作業のときだけ参加するようにしました。しかし娘は、作業内容もあまり分かっておらず、またほかの子どもたちの盛り上がりにも興味が薄い様子でした。

それでも、時間割の中に総合学習がある限り、娘は淡々と参加していました。

音楽会、学習発表会にも参加

娘は、人前に立つことが好きな子どもだったので、音楽会や学習発表会にも参加するようになりました。もちろん、当日だけでなく、その前の練習段階から参加する必要がありました。

両方のクラスの発表に参加

音楽会や学習発表会は、特別支援学級と交流学級の両方で参加しました。娘が、

娘

私も頑張る!

やる気を持って取り組んでいたためか、通常学級の先生も、娘の参加にかなり積極的でした。

不器用な娘には、ピアニカやリコーダーは、人の何倍も練習しなければならないつらいものでした。娘は毎日、家で泣きながら練習していました。

あの姿を思い出すと、今でも胸がつぶれる思いがします。

一方、特別支援学級の子どもたちも、「特別支援学級」として、音楽会や学習発表会に参加していました。

こちらは、「人前に出る」とか「いつもと違う体育館にいる」とか、何しろそのような発表の場が苦手な子どもが、ほとんどでした。そんな中、積極的に参加する娘は、特別支援学級にとって貴重な存在でした。

先生方からすっかり頼りにされてしまい、娘は低学年ながらに、アイドルグループでいうところのセンターを張って頑張っていました。

給食、掃除にも参加

コンサータを服用し始めたこともあり、娘は早く食べるのが苦手でした。

給食、掃除の時間に関しては、通常学級の参加が難しく、しばらく様子を見ていました。さらに学年が上がってから、少しずつ参加しました。

週1日からの参加

1週間の中でも、比較的疲れていない「火曜日」を選んで、通常学級の給食・掃除の時間に参加し始めました。

コンサータのせいで食欲があまりなく、また嗅覚が過敏で特定の食べ物(タケノコ、ゴボウ、シイタケなど)が嘔吐するほど苦手だった娘。

娘

これは食べられません。少なめによそってください。

と、給食当番の子に自分で伝えられるように、何度も練習しました。

1日だけ参加するのは、参加しづらかった

娘には、「週1日だけ参加するということの方が、毎日参加するよりも難しそうに見えました。

掃除道具の場所も週1日ではなかなか覚えられません。ぞうきんを絞るのに手間取ってオタオタしている間に、掃除の時間が終わってしまったりしました。

どんくさい娘に、「早くしてよ!」とクラスメイトからのゲキが飛ぶことも多く、泣きながら特別支援学級に帰ることも度々でした。通常学級の先生も見張っていてくださるのですが、やんちゃな男の子などは、先生が目を離したすきに娘をなじったりします。

そのたびに、特別支援学級の先生方が、娘の気持ちを受け止め、辛抱強くフォローしてくださっていました。

通常学級に参加していた娘の様子

普通の基準で考えれば「甘ったれ」と思われるでしょうが、娘の基準では、かなり頑張って過ごす毎日でした。親の方も、

みどり
みどり

なんとか通常学級との交流を増やしていきたい。

という思考錯誤の日々が続きました。

しかしこうして思い出してみると、やっぱり無理をさせていたな、と思います。当時は、

みどり
みどり

娘の成長のために、厳しい環境もそれなりに必要だから…

と私は心を鬼にしていました。

通常学級に行けないことは、「弱虫」

娘は不器用で気が散る子でしたが、まじめで、頑張りすぎる子でした。

娘

私は、△△組(普通クラス)に行かなくちゃいけないの。

△△組に行くように練習しないと、弱虫になっちゃう。

そう言って通常学級に通っていました。そして、何か失敗して帰ってくる、ということのくりかえしでした。私は、がんばりすぎている娘に、あえて頑張らせてしまっていました。

娘はそのたびに激しく落ち込み、泣いていました。

両方のクラスで、がんばろうとする

まじめだった娘は、

娘

特別支援学級でも通常学級でもうまくやろう。

とがんばっていました。

音楽会など、周りに期待されているときには、特にそうでした。多少難しすぎることでも、無理をしてがんばっていました。

これはかなりのキャパシティオーバーだったようです。そんな時期は下校して宿題をするのも難しいくらい、へとへとに疲れていました。

通常学級に通うことへの、娘の「本音」

今現在の娘は、考えたことを、ある程度分かりやすく説明できるようになっています。これも、特別支援学級やSTを粘り強く積み重ねてきた成果です。

最近、低学年のころに本当はどう考えていたのか、娘に聞いてみました。娘は、

娘

思い出すとね、すごくつらくなるんだ~。

でも、ママに聞いてもらいたいんだ。

と言いながら、たくさん話してくれました。

失敗とトラブルばかりで、つらかった

娘

いくらがんばっても、失敗ばっかりして、すごくつらかった

娘

私はダメな子なんだなって、思ってた。

娘

今でも、最初の1週間(入学直後に通常学級で過ごした1週間)を思い出すと、頭がワーってして、体が痛くなる。

娘は、涙目になって、そう言いました。

親から見ても、あの当時は、

みどり
みどり

参加すればするほどトラブルが多くなっていく…

という印象を持っていました。それでも、泣いたり落ち込んだりしながらも必ず参加していたので、

みどり
みどり

そんなにつらかったのか…

と、いまさらながら驚きました。かわいそうで、本当に親として情けなくて、申し訳なかった気持ちです。

友達が、厳しく言ってくる

不器用な娘に対して、通常学級のクラスメイトは、ときに辛辣でした。

「早くしてよ!」「もう、娘ちゃんは遅いから、オレがやる」などと、厳しい言葉がしょっちゅう飛んできました。娘にとっては、これがかなりこたえたようです。

娘

友達から厳しく言われることが、一番つらかった。

と、言っていました。

小学校低学年から中学年にかけては、子どもたちもまだまだ未熟です。「こんな言い方をしたら、相手が嫌な気持ちになる」という配慮ができず、お互いに傷つけあってしまうところがあります。

また、娘の認知の歪みという面もあるかと思います。

認知の歪みとは…
何かを判断・解釈するときに、「自分の基準」だけで行ってしまい、その何かを正しく認知できないことです。
発達障害を持つ人は、考える方法が一般的な方法とは違うことも多く、認知の歪みが起きやすいのではないかと思います。

クラスメイトが悪意を持って言っていなくても、娘は注意されると、あっという間に、

娘

こんなにきつく言うなんて、私は嫌われてる。私はダメなんだ。つらくて我慢できない!

という思考になってしまいます。必要以上に傷ついたりパニックになりやすい面が、娘にはあるのです。

そんなこともあり、娘は通常学級に行くとき、いつも気を遣っていました。気を遣って行動しているのに、失敗のくりかえし。

親が思う以上に、本人は疲れて傷ついていたのです。

それでも、両方のクラスに参加して、がんばりたかった

みどり
みどり

もう△△組に行きたくない、と思ってた?

と聞くと、

娘

行きたくないと思うこともあった。

でも、行きたかった

娘

どっちも私のクラスだもん。

娘

行かなくちゃ、私のクラスじゃなくなっちゃう。

と、娘は熱く語っていました。

娘の中には、『自分は、両方のクラスに所属しているという強い意識があったのです。自閉症スペクトラムの「こだわり」の部分も、出ていたのかもしれません。

それでも、通常学級との交流は、特別支援学級の支えがあって何とか参加できている、という状態でした。娘にとって普通クラスに参加することは、大きな負担だったのです。

私は自分の価値観に縛られて、娘につらい思いをさせてしまいました。今でも、後悔しています。

発達障害の子どもたちの、普通クラスでの「つらさ」

特別支援学級に在籍しているクラスメイトは、どの子も「交流学級に行くこと」に悩んでいました。

多くの子が、親御さんもまじえて試行錯誤をくりかえし、それでもなかなかうまくいかずに、荒れてしまうこともしょっちゅうでした。「交流学級に行かない選択」をしたらしたで、このままでよいのかと迷い続けるクラスメイトもいました。

なぜ、こんなにもうまくいかないのでしょうか?

脳の機能や思考回路が、違う

情緒の特別支援学級の仲間たちは、「自分勝手」「わがまま」ととらえられやすいところがあります。

我慢ができなかったり、やるべきことをやるべき時にやらなかったりします。私自身も、娘のことは格別として、特支学級のほかの男の子たちに対しては、

みどり
みどり

いくらなんでも、態度が悪すぎる…。

と内心思ったことも、1度や2度ではありません。

ただそれは、ただの自分勝手やわがままだけでは、ないのです。

発達障害のある人は、脳の機能や思考回路が、定型発達の人とは違う、と言われています。感性も価値観も独特だったりします。

「通常学級でうまく過ごすこと」は、「他人となめらかにコミュニケーションをとる」ことや「規律にしたがって行動する」ことが求められます。

定型発達(いわゆる普通の人)には、そこまで意識しなくても、できることです。

でも、脳の機能や思考回路が独特な子どもたちにとっては、苦労して、がんばって、それでも難しいことなのです。

自分らしさを否定される

通常学級に参加すると、定型発達の子たちと行動の仕方が違う。「自分勝手」や「わがまま」や「おかしな子」に見えてしまう。

そのことで、「自分らしさを否定される」ことを何度も経験することになります。

嫌われ、うとまれ、自分を否定される、ということは、本当につらいことです。ましてそれが、まだ幼いうちからずっと続くとしたら…。どうやって己を保てばいいのでしょうか。

自分らしく、自分を貫いて、人のことなど気にせず過ごす、という選択肢だってあります。普通クラスをシャットアウトして自由に生きる、という方法だってあります。

でも、所属したい、そのためにうまくやりたい。

それができなくて、つらくて…。

そのつらさが、おかしな形での感情表現になったりするのです。

この子たちは、コミュニケーションがものすごく下手なのに、他人に優しすぎるのかもしれない。娘や、特別支援学級の子たちを見てきて、私はそう感じるようになりました。

自分はダメな子という劣等感

通常学級で過ごしていると、「うまくやりたくてもやれない」ことへの劣等感を強く感じることがあります。「学校」という世界の中で「正しい」ことができない。強烈に自信を無くすことです。

朝礼で並ぶこと、授業で着席すること、みんなと同じように宿題をすること…。

すべてで自信を無くすことは、「自分はダメな子なんだ」という強い自己否定になります。

本当の自分を隠すストレス

通常学級で「うまく」やろうとすればするほど、延々と自分らしさを押し殺していくことになります。

本当の自分が出てこないように、ずっと隠し続けるストレス。

そしてそれが失敗したときの絶望感。

もちろん定型発達の子どもでも、似たようなストレスは感じていることもあります。でも、発達に偏りがある子どもたちは、その度合いが全く違うのです。

喜びや怒りなどが独特で、そのために距離を置かれ、それがつらかったり。

 

それでもみんな、自分なりに頑張っていました。特別支援学級の仲間たちは、みんなみんな、頑張りやさんだったのです。

慣れることはできるのか?

発達障害と診断された子どもも、発達します。練習することで、いろいろなことができるようになります。

では、「通常学級に参加すること」だって、練習して、慣れることができるかもしれない。慣れることで、トラブルを起こさずに過ごせるようになるかもしれない。

たしかにそうなのです。

練習して、できるようになる子もいるのです。子どもの状況によるのです。

同じ特別支援学級に在籍している子でも、多動他害がなかったり緘黙がメインの子などは、早くから通常学級で過ごしていました。それまでみっちり療育をつんできた幼なじみのTくんも、基本は通常学級。特別支援学級にくることはほとんどありませんでした。

子どもによって、もともとの特性が違ったり、療育などで積み上げてきたものが違ったりするのです。

だからこそ、発達に偏りのある子供やその親は、悩み、試行錯誤をくりかえすしかないのです。

娘にとっては、どうなのか?

娘には、慣れることができるのか

慣れるためにと、通常学級での時間を増やして、本当にいいのか。

これから先、「自分らしさ」を、ずっと押し殺して頑張る…。

そんな自己否定を永遠に続けながら生きていくことは、娘にとって、あまりに過酷で地獄ではないか。

娘は本当に、がんばる子でした。ものすごく不器用で注意力散漫で、いろいろなことが下手なのに、がんばるのです。

そんな娘を見ていた私は、ようやく、今までの自分の考え方を、疑問に思い始めました。

娘の発達のために、より良い環境とは?

特別支援学級でも交流学級でもがんばる娘。がんばってもうまくいかず、落ち込む娘。

「無理をさせる」でもない。「慣れさせる」でもない。娘が1番成長できる、より良い環境とは、いったいどんな過ごし方なのでしょうか?

小学校生活を送る娘を見守っていく中で、

どうしたら、もっと普通クラスにたくさんいられるようになるか

という親としての思いは、いつの間にか、

どちらのクラスでどう過ごしたら、娘はもっと成長できるのか

という思考錯誤に、変わっていきました。

学校の先生方や発達外来の先生は、そんな親の思いを受け止めながら、いつも娘の方を向いてくださっていました。

それでもなお、「成功体験」になるように通常学級との交流を続けた

こんなにつらいなら、無理して通常学級で過ごさなくてもいいのではないか。

つらそうな娘を見るのがしのびなく、私は先生方と、今後の方針についてたびたび話し合うようになりました。そして、それでも、

特別支援学級でサポートしてもらいながら、通常学級で過ごす時間を少しずつ作っていく

という道を選んでいきました。

娘の「気持ち」を大事に

娘はいつも、

娘

△△組にも、少し行きたい。

でも全部の時間行くのは、つらすぎる。

と言っていました。それは娘の所属意識でもあり、こだわりでもあり、がんばりたい気持ちでもありました。

先生方も、どうしたら娘が通常学級でも無理せず過ごせるか、いつも考えてくださっていました。

交流を、「成功体験」にしたい

娘の過ごし方を考える中で、先生方が重要視していたのは、

通常学級と交流することが、成功体験になるかどうか

ということでした。

発達障害があると、「失敗」からは学びにくい

発達に偏りがある子どもは、失敗から学ぶことが苦手です。

例えば、認知の歪みがあれば、失敗の理由が正しく分析できないのです。

娘

○○くんが私をキライだから、無視して先に行っちゃったの…

と娘が泣いても、お友達はただ、図書室に行きたくなって急いでいただけだった…などなど、大した根拠もなく思い込みでパニックになったりすることは、娘にとって日常茶飯事です。

また、失敗することで過敏なほどに傷つき、先に進めなくなってしまうこともあります。

失敗させて、間違った形で学ぶ

よりも、

成功体験から、正しい・好ましいやり方を学んでいく

という形の方が、すばやく、効果的に学んでいけるのです。

「戦略的」な、交流学級への参加

もし、通常学級と交流することが、娘の中で成功体験にならなかったら?

ただただつらかった思い出だけで、学べるものがなくなってしまいます。おまけによけいな苦手意識までも…。

それを考えたとき、先生方は、

・本人が、どこで、だれといたいのか
・本人が、どうなりたいのか
・本人が、過度に無理をしていないか
・「何を学ぶ経験にするか?」という、目的意識をもつ
参加するための計画をしっかり練る
想定できるトラブルについて、事前準備をしておく

こんなふうに心を配りながら、通常学級に行かせていました。

無理やり参加するのではなく、「戦略的通常学級に参加する。このことは、娘の成長にとって、豊かな栄養になりました。

娘は、2年生、3年生…と学年が上がるにつれ、

  • 手を挙げて、自分の意見を言う
  • 相手の言ったことから、相手の気持ちを推測する(言葉の裏に、「思い」があることを知る)
  • 自分が「できること」は何か、考える

など、できることが飛躍的に増えました。臨機応変に状況分析する力も、少しずつですが芽生えてきたのです。

どんどん発達した娘は、普通クラスで過ごすことを「楽しめる」ようになってきました。

高学年になった現在では、国語と算数、給食は特別支援学級、それ以外は普通クラス、と、自分に合わせて使い分けて過ごすようになりました。

通常学級で何かつらくなったら、

娘

ちょっと、支援級に行ってきます。

と、通常学級の担任の先生に自分で伝えられるようにもなったのです。

特別支援学級での生活も、通常学級での生活も、両方を成功体験にする

ということは、大切なことだったのです。

通常学級で過ごすことは、これからの「生き方」の練習

もう1つ、娘の通常学級との交流を見てきて感じたことがあります。

通常学級で「過ごす」ことの練習は、通常学級で「うまくやっていく」ことの練習ではない、ということです。

「自分はこうしたい、こう過ごしたい」という意志をもって、両方のクラスで過ごす。
それは、これから先の「自分の人生の生き方」の練習になる

と、感じたのです。

これから先、娘には、娘だけでなく特別支援学級の仲間たちには、難しいときが必ずあると思います。

中学、高校、進学、就職、転職、親との死別…。

自分らしくしていることを許されない状況に直面したり、規律を守ることを厳格に求められる場面に出くわしたり…。

そんな時、自分を押し殺すのではなく、「自分は、自分」というアイデンティティはきちんと持ちつづける

そして、我慢したりやり過ごしたりスルーしたり逃げ出したり、いろいろな方法で対処していく。

両方のクラスで過ごすことで、そんな、人生のステージを自分らしく生きていくための「生き方」の練習になる、と思うのです。

支援学級と通常学級、自分らしい参加の仕方を見つけたい

特別支援学級と通常学級の参加の仕方は、その子の状況によってそれぞれです。

地域の特別支援学級がうまく機能しておらず、やむなく普通クラスにしか行けない子。普通クラスで辛い思いをしたことで、特別支援学級にしか通えなくなった子。そもそも通級しか選択肢がない子。いろいろな状況のお子さんがいます。

もしあなたのまわりに、発達に偏りがある子の家族がいたら、親子で悩んで在籍学級を決めた思いを尊重してもらえたら、とてもありがたいです。

娘を特別支援学級に在籍させていること、交流学級にも参加させていることが、本当に正しい選択肢なのか、今でも迷うことがあります。

ただ、今、娘は落ち込んだり喜んだりしながら、毎日楽しそうに学校に通っています。

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