娘に特別支援学級を選んだ時、私は偏見とあきらめと願いにまみれていた~娘の生い立ち⑧

特別支援学級に偏見を持っていたのは親自身だったことを知らない娘 娘の発達
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発達に偏りのある我が子が、特別支援学級に行くか、通常学級に行くか

療育を受けている子どもの親なら、多くの方が悩むのではないかと思います。私も、そうでした。発達に偏りがある娘にとって、どちらの学級がいいのか、たくさん悩みました。

年中クラスで新たに始めた療育は、娘に合っていたようで、日常生活もスムーズになり、保育園には元気に楽しく通っていた娘。

しかしそれは、継続的な療育と、支援してくださる加配の先生の存在によって、なんとか可能になったものでした。娘本人も、みんなについていこうと必死にがんばって、ようやくのことでこなしている保育園生活でした。

特別支援学級に籍をおくのか?通常学級で過ごすのか?

という選択をせまられる、小学校の入学。

私は、娘にどうなってほしいのか。

娘は、どのように学校生活を送るのが幸せなのか。

何度も考えました。

保育園でもついていくのが難しい娘に、私はそれでも、

みどり
みどり

普通クラスで、やっていけたら…。

と思っていました。

それは、特別支援学級に対して、私の中に巣くう偏見があったからです。

そんな、ADHD(主に不注意型)と自閉症スペクトラムをもつ娘が、6歳になり、小学校での在籍クラスを決めたときの話です。

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特別支援学級か、通常学級か…特別支援教育とは?

特別支援教育とは?

平成19年から、「特別支援教育」が学校教育法に規定されました。

簡単にとらえると、それまでの障害のある子どもの教育は「特殊学級、特殊教育」と規定され、

特別な場所で、障害の程度を基準にして行う」

とされてきました。それが、特別支援教育が規定された時から、

学校教育のすべての現場で、個別のニーズに合わせて障害がある児童・生徒を支援し、サポートする」

という理念に転換され、積極的に推進されるようになりました。

特別支援教育については、文部科学省の「特別支援教育について」(参考元;文部科学省ホームページ)で詳しく説明されています。

特別支援教育に対する、私の最初のイメージと不安感

娘が小学校に入学したのは、そんな特別支援教育が始まって、5年ほどたったころでした。

特別支援教育について、学校教育の素人である私には、まったく知識がありませんでした。娘の就学前、特別支援教育にもっていたイメージは、30年ほど前の「特殊学級」でした。

障害のある子が、普通のクラスとはほとんどふれあうことのない、隔絶された教室で、先生と差し向かいで学ぶ。運動会や音楽会でたまに学校行事に参加し、騒いだらすぐ出られるように、隅の方で座っている。そんなイメージでした。

そして、そんな古めかしいイメージのある「特別支援学級」に、私の娘が在籍するかもしれない。そう考えるとき、

友達が少なくて、刺激も少なくて、娘が発達できないのでは?
あのクラスにいる子は変な子だ、とか、いじめられるかもしれない。
保育園の仲のいいおともだちと、もう会えなくなるのかな?

などなど、内心とても不安でした。

小学校入学のとき、選択できるクラス

年長クラスになってすぐ、保育園の園長先生から、

お父さんとお母さんで、娘さんを小学校のどの学級に進ませたいか、よく話し合ってください。

と伝えられました。そして、私たちの住む地域での、発達に偏りがある子どもの就学先として、

特別支援学級
通常学級
通級
特別支援学校

の4つを紹介されました。

特別支援学級とは?

特別支援学級は、特別な支援が必要な子どものために、編成される学級です。子ども一人一人の苦手さや困り感に合わせて、教育をしていく学級です。

娘の学区の小学校には、知的障害クラスと情緒障害・自閉症クラスで、クラスを分けられて設置されていました。児童8人までにつき先生が1人と決められているそうで、担任の先生のほかに補助の先生もついている、ということでした。

通常学級とは?

通常学級は、いわゆる普通の子たちが普通の授業を受けている学級です。

特別支援学級に入ると、多くの場合は、その子の学年の通常学級1クラスが「交流学級」になります。そして、その子のペースに合わせて特別支援学級と交流学級を行き来する、という形になります。

通級とは?

通級は、「通常学級に籍を置いて、支援を受ける学級に通う」という意味です。

入学する学校に特別支援学級があれば、「特別支援学級に籍を置いて、交流学級に通う」ことが多くなります。ですが、特別支援学級がない学校だったり、難聴や吃音など支援が特化したものであったりすれば、違う学校の通級に週1日、などの頻度でかようことになります。

娘の小学校にも、他学校からのこどもも受け入れている通級「聞こえの教室」がありました。

特別支援学校とは?

特別支援学校は、主に重度の障害を持つ子どもたちのための学校です。

子ども6人までに先生が1人と決められているそうで、教えている先生方は、原則として特別支援学校教員免許を持っています。

この地域では、近隣の市町村と合わせても特別支援学校は1か所しかなく、児童・生徒の定員もあふれんばかりだということで、入学できる基準が厳しく決められていました。

娘は、普通クラスに在籍するのがいいか、特別支援学級に在籍する方がいいのか。小学校のことを何も知らなかった私は、まずは調べるところから始めました。

娘の在籍クラスを決めるまで

私は、不器用でマイペース過ぎる娘でも、いまだ「障害がある」とは思えずにいました。

みどり
みどり

ちょっと昔なら、こんな子はどのクラスにもいたし…

と。だから、娘には通常学級に入ってほしいと思っていました。夫は、いかにも理系的な思考で、本人が伸びるクラスならどっちでもいい、と言いました。

けれど、年長クラス現在で、加配の先生がついて園生活が成り立っている娘。

みどり
みどり

障害があるなしではなく、やはりなんらかの支援がないと、小学校で楽しく過ごせないだろう…。

それは、親として受け入れるしかありませんでした。

まずは、情報集め

とにかく、情報が欲しい。私は療育園や病院、保育園や療育友達のお母さんなど、いろいろなところで話を聞く機会を得ました。

特別支援教育を受けている子の親による、体験講演会

グループ療育を受けていた療育園は、以前療育を受けていた現小学生の子どものお母さんを3人招いて、「体験講演会」を開催してくれました。

特別支援学校にお子さんを通わせているお母さんが2人。特別支援学級に通わせているお母さんが1人でした。

講演内容は、

・子どもの就学先を決めた経緯
・通っている学校や学級の様子
・通い始めた子どもの様子
というものでした。

どのお母さんも、明るく、ときどき涙で声を詰まらせながら、お話ししてくださいました。学校の様子や授業の様子、交流学級と過ごす様子など、リアルなお話を聞くことができて、とても参考になりました。

小学校の、特別支援学級の見学

娘と同じグループ療育を受けているおともだちのお母さんの数名が、

一緒に小学校の特別支援学級の見学に行こうよ。

と、誘ってくれました。その中には、私にセカンドオピニオンを勧めてくれたTくんのお母さんもいました。小学校側でも、特別支援学級の説明をする時間を設けてくれる、ということで、私も出かけました。

そこで見た「特別支援学級」は、私が持っていた「隔絶された」というイメージとは、かなり違いました。

うかがった時間は、ちょうど休み時間と3時間目のころでした。休み時間には、特別支援学級には、たくさんの通常学級のこどもたちが遊びに来ていました。

特別支援学級に設置されている庭や、療育に使うようなおもちゃなどがお目当てだったり、特別支援学級にいる友達と遊ぶために来ていたり、特別支援学級の担任の先生におしゃべりがしたくて来ていたり。

そして3時間目が始まりました。

来ていた友達と連れ立って交流学級に向かう子、庭で何かをし始める子、ついたてに囲まれた机で勉強を始める子。それぞれのカリキュラムに合わせて、のびのび学ぶ子どもたちの姿に、とても新鮮な気持ちになりました。

教室は南向きで明るく、部屋の一角には畳敷きのスペースもありました。疲れてしまったり、クールダウンをしたい子どもが使う、ということでした。休み時間には、支援・通常入り混じった子どもたちが、カルタをしていた場所でした。

特別支援学級について、説明・質疑応答の場を設けてもらった

見学の後、会議室に移り、特別支援学級の主任の先生とお話しできる時間を作っていただけました。

知的障害クラスに入るためには、知能検査の数値の基準が厳格に決まっている(IQ75以下)
情緒障害・自閉症クラスは基準がIQではない
特別支援学級に入ると、通常学級への転籍はほぼない
交流学級に通う度合いは子どもによって柔軟に対応していて、ほとんど交流学級で過ごすようになる子も多い

など、突っ込んだ質問にも答えていただけました。

通常学級への転籍なんていう書類上の形式に、こだわる必要はありません。

1人1人が、どんなふうに過ごすかが大事です。

支援に在籍しながら交流級に通う、という形でも、その子にとって一番いい通い方にできます。

と、主任の先生が諭すように言われたのが、とても印象的でした。

特別支援学級のイメージが変わってきた

いろいろな情報に触れるうちに、特別支援学級がどんな場所なのかが、少しずつ感じられるようになりました。

講演会や見学を経て、私は特別支援学級に対する認識を、ずいぶん変えました。娘は、支援なしには学校生活で困るだろう、というあきらめの気持ちもありました。特別支援学級に在籍することは、娘にとっては得になるかもしれない、とも思い始めました。

私と夫は話し合い、やはり支援学級への在籍を希望することに決めました。

就学支援会議と、娘の在籍クラスの決定

年長クラスも残り3か月という年明けのころ、娘のために「就学支援会議」が開かれました。

就学支援会議とは?

発達に偏りがある子どもが、就学する先をどこにしたらいいか、関係する各所の担当者が集まって話し合う会議です。就学指導、ケース会議など、地域によってさまざまな呼び方があります。

会議の参加者

参加者は4名でした。

・保護者(私)
・保育園のクラス担任
・小学校の教頭先生
・特別支援教育コーディネーター
特別支援教育コーディネーターというのは、保育園や療育機関、小学校などの各機関の橋渡しをする役で、連絡・調整などのために働いてくれる人です。

娘の小学校のコーディネーターは、定年で現役を退いた、元教師の男性でした。

会議の場所

教頭先生とコーディネーターさんが、保育園で過ごしている娘の様子を見学したい、ということで、会議の場所は保育園の面談室でした。

会議の様子

まず最初に、保護者である私が、就学先をどこに希望しているか、聞かれました。私は夫と話し合った結果「特別支援学級」に在籍を希望します、と先生方に伝えました。

次に、コーディネーターさんが、娘を観察していて感じたことをお話してくださいました。

・遊びが、ブランコ→砂場→鉄棒→花を見る…という感じで、5分と開けずにうつりかわる
・見るものすべてが興味があるように見える
・型にはまった授業をずっと受けているのは、本人はつらいかもしれない
といった感じでした。

次は、小学校の教頭先生が、特別支援学級についてお話してくださいました。見学会でお聞きしたのと大体同じ内容でしたが、

みどり
みどり

支援学級にいることで、いじめを受けないのですか?

という私の不安に、その小学校の中での、いじめ問題を共有するためのシステムについて教えてくださいました。学校をあげて、もしいじめがあれば全力で取り組んでいきます、と強く言われました。

最後に、保育園の担任の先生が、娘の日ごろの様子をお話ししました。加配の先生との過ごし方、おともだちとのかかわり方、3年間の成長について、といった内容でした。

在籍する学級を決定するのは、親

この会議のとき、私以外の3名の出席者は、事実を淡々とお話しするだけで、「就学先を○○にすべき」ということは言いませんでした。そして、

最終決定権は保護者にあること
どの就学先を選んでも、親の意思が尊重される

ということの説明を受けました。

そうはいっても、それぞれの出席者の話の内容を総合的に考えると、行き先はおのずと決まってくるような気もしますが…。

我が家は「特別支援学級に」という親の意思と、先生方の報告内容が合致していたのでスムーズに進みました。ですが、保護者の希望する就学先とその他の出席者の報告が合致していなかったら、紛糾する会議になりそうだな…と、体験してみて感じました。

娘の在籍学級の決定

この会議で、娘の就学先は、学区の小学校の特別支援学級に決定しました。

特別支援学級在籍を、娘へ伝えたとき

特別支援学級に在籍が決まったとき、一番心に重くのしかかっていたのが、「娘に、どうやって伝えたらいいか」ということでした。まだ幼い娘が、「特別支援学級に在籍する」ということをどこまで理解ができるのか、分からなかったからです。

もしかしたら娘にとって、不用意な障害の告知になってしまうかもしれない、と不安だったのです。

障害の告知ではない

保育園の先生や、発達外来のG先生にも相談しましたが、

淡々と、事実だけを伝えましょう。

さらに娘ちゃんに聞かれたら、すべての疑問に真摯に答えましょう。

ということで落ち着きました。

事実を伝えることで、必要なら本人が自分で、特別支援学級に在籍する意味を考える。そうでなければ、どんな形であれ、親の価値観を押し付けることにもなる。先生方にそう言っていただけて、確かにそうだ、と腑に落ちました。

私は就学支援会議の翌日の夕方、保育園から帰ってきた娘に、

あなたは、小学校では○○組(特別支援学級)と△△組(通常学級)両方に入る
1年生では8人だけ○○組で、ほかの子は、人がいっぱいいる△△組だけに入る
あなたの机は、○○組と△△組、両方にあって、2つある
ということを、絵を見せながら説明する形で告げました。

「Rちゃん、もう会えないの?」

特別支援学級在籍を告げたとき、娘はすぐに泣きそうな顔をしました。そして最初に言った言葉は、

娘

Rちゃん、もう会えないの

でした。Rちゃんというのは、保育園のクラスでいつも一緒にいる、いわゆる娘の親友でした。

みどり
みどり

会えるよ。

あなたは、○○組にも△△組にも行けるから、Rちゃんに会いに行ってもいいし、Rちゃんが○○組に遊びに来てもいいんだよ。

ずっと一緒じゃないかもしれないけど、いつでも会えるよ。

そういうと、娘はかなりほっとした顔になりました。

泣き顔をしたのは、自分以外の人の行き先がわからず、不安だったから

娘が泣き顔をしたのは、私の説明不足のせいでした。

自分が特別支援学級に行く」ことはわかった。けれども、「ほかの友達がどこへ行くか」は全く分からず、とても不安になった。そのような心の不安が、涙になったようです。

いつも状況把握が難しい娘には、もっと丁寧に説明してやればよかった、と思いました。

「なんで私は○○組なの?」

次に娘は、いぶかしげな顔で、

娘

なんで私だけ、○○組にもいくの

と聞いてきました。

みどり
みどり

あなたは、ちょっとお着替えが遅かったり、食べるのが遅かったりするでしょ。学校に入ったら、お勉強が始まるんだけど、お勉強も遅くなっちゃったりするかもしれない。

それでも、早くしなさい!なんて怒らないで、待っててくれる先生が、○○組にはいるの。

○○組は、あなたが困ってるとき、助けてくれる組なの。

M先生(加配の先生)みたいに。

そう言ってみました。

娘は、

娘

ふーん、そっか。

と言って、遊び始めました。もう、親と話す集中力が切れてしまったようでした。とにかく、娘のなかでは、組が2つあることには納得した様子だったので、私はホッとしました。

親子で、特別支援学級の見学に行った

小学校生活のイメージが娘の中にあった方が、入学後もスムーズだろう、と、私は今度は娘と連れ立って小学校の見学に行きました。

特別支援学級の様子、通常学級の様子、両方見せてもらった娘は、わくわくした表情で教室の中を見つめていました。顔見知りの子を見ると、ニコニコして手を振っていました。

トイレや水道なども使わせてもらい、特に困っている様子もありませんでした。楽しそうな娘の様子に、私は安心しました。

特別支援学級に在籍させることにした、親としての気持ち

私は、特別支援学級があることで、娘は楽しく過ごせるだろう、と自分で納得しようとしていました。けれども、実は内心では、特別支援学級の在籍に心からは納得していませんでした。

仕方ないことだ、とあきらめるような気持ちもありましたが、心の中はもやもやとしていました。

特別支援学級への、偏見

見学に行ったり体験談を聞いたりして、しっかり考えて特別支援学級の在籍を決めた…。

そのはずなのに、私はいまだに「30年前の特殊学級」という暗いイメージと、特別支援学級に対する偏見を、完全には消せないでいました。

特別支援学級の見学で、クラスの中で落ち着きなく歩き回っている子や、目も合わせないで教卓の下に閉じこもっている子を見ると、

みどり
みどり

この子たちとは、娘は違う…

という気持ちが、どうしても心の片隅にくすぶりました。何とか娘に、少しでも普通に発達してほしい、と願ってしまっていました。

「障害ではなく、個性」

みどり
みどり

娘が不器用で気がちる子なのは、障害じゃなくて、個性。

もう1つ私の心の中にくすぶっていたのは、この考えでした。個性だから、特別支援学級に入れることで「障害のレッテルを貼られたくない。そんな気持ちでした。

でも今思うと、やはり特別支援学級に対する自分の中の偏見が、形を変えただけかもしれない、と思います。私は、娘が「困っていてサポートを必要としている」ということよりも、偏見に基づいた「自分の価値観になじむ娘である」ことに、心のどこかでこだわっていたのです。

慣れたら、普通学級に行けるかも

学校からは、「どれくらい交流学級に行くかは、その子に合わせて柔軟に対応する」と、何度も説明されました。

事実、見学に行くと、机はあっても特別支援学級にはほとんど来ていない子も、たくさんいました。特に高学年になると、交流学級の時間が長い子が多くいました。

私は、

みどり
みどり

入学してみたら、娘は意外となじんで、特別支援学級なんか使わなくなるかもしれない。

と期待してしまっていました。そうでなかったとしても、だんだん慣れてくれば、すぐに通常学級に行くようになるだろう、と、どこか当然のように考えていました。

今思うと、典型的な「支援学級に入れたくない親」だった

思い返してみると、

みどり
みどり

私は、子どもの困り感に寄り添えなかった、障害を受容できていなかった、弱い親だったなあ…

と、つくづく思います。親よりも娘の方が、ずっと素直に、ずっと自然に、現状を受け入れ、娘なりに一生懸命頑張って、毎日を過ごしていました。

現在は高学年になって、たくましく交流学級にも通い、特別支援学級でまじめに勉強している娘。その姿を見ると、この頑張りやの娘に恥ずかしくない親でいたい、弱い親でいたくない、という思いが日々湧き上がってくるのです。

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