人見知り皆無、動物が好きすぎる…他者との関わり方に違和感があった、1歳半から2歳までの娘~娘の生い立ち②

人見知りしない、動物に近すぎる、特徴的だった発達障害のむずめ 娘の発達
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1歳を過ぎた娘は、相変わらず、異常なほどに手のかからない、愛想のよいニコニコした子供でした。

私は娘と、今現在の生活からは考えられないほど、穏やかな時間を過ごしました。

しかしその日々の中で、違和感は少しずつ、見え始めていました。

今回は、ADHD(主に不注意型)と自閉症スペクトラムを抱える娘の、1歳過ぎから、2歳になるころまでの発達の特徴を思い出し、まとめてみたいと思います。

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1歳前半の成長過程と娘の様子

娘が1歳を過ぎたころは、本当に、穏やかな日々でした。私は娘と、公園や農場に行ったり、買い物に行ったり、美しい自然の中でゆったりと暮らしていました。

そんな中で、やはり赤ちゃんのころと同じで、私は、娘の発達について、何ら疑いを抱くようなことはありませんでした。

ですが、思い出してみると、発達障害のこどもに表れやすい特徴のいくつかが、娘にも表れていたと思います。

私の娘の育て方

過保護に育てた

ようやく手に入れた、生きた我が子。しかも、低出生体重児として生まれた娘。

命の大切さが身に染みていた私は、かなり神経質で過保護な子育てを敢行していました。

未熟児くる病の傾向もあって、骨が弱かった娘。ベビーカーをできる限り振動の伝わりの少ない、エアーを入れるタイヤのタイプのものにしたり、家の中のありとあらゆる場所に角用クッションを貼ったり…。危険な場所で娘が転びそうなときには、私はすぐに手を出していました。

娘のほうは、そんな母の少々過剰な世話焼きに対して、抵抗することも全くなく、いつもニコニコとして、されるがままになっていました。

他の子と遊ぶ機会は少なかった

私は根っからのインドア派で、他人と過ごすのはあまり好きではありませんでした。

娘を連れだし、他のこどもと遊ばせることも、あまりありませんでした。出かけるときも、すいている公園や農場でピクニックをする、という感じでした。

1歳のころの娘の特徴

抱くと強く反り返る、体重をこちらに預けてこない

これは、たまに実家から遊びに来る私の実母に、よく言われていたことです。私自身は、子育ても初めてだったので、子供ってそんなものだろう、と気にも留めませんでした。

確かに、娘は、抱き上げたり膝にのせたりすると、すぐさま大きく背中を反らせる子供でした。そしておんぶは大嫌いな子どもでした。

そして抱き上げても、体重をこちらに預けてこない、というところもありました。

大多数のこどもは、抱き上げると子供自身も相手に抱きつき、体重を預けます。抱き上げる方は、重さをそこまで苦にせず抱くことができるものです。

でも娘を抱き上げるときは、10キロのコメ袋を抱えているのと同じような感覚でした。なので、外出先で抱っこひもなしで長時間抱いていなければならないときは、かなりの重労働でした。

危険なほどに距離感なく、動物に近づく

娘は、動物がとても好きでした。今でも好きです。家からそう遠くないところにヤギを飼っている公園があり、娘が大喜びするので、1時間ほどドライブしてよく連れて行きました。

そんなとき、娘の動物への近づき方は、危険なほどに警戒心がなさすぎるものでした

公園についてヤギを見るや否や、私の手を振りほどいて、

「こー!」(こんにちは、の意)

とヤギに向かって突進する娘。

背中を撫でまわし、顔や口の中を覗き込み…。餌をやるのに自分の手まで食べられてしまっても、全くお構いなしでした。その勢いたるや、人慣れしていて馴れ馴れしいヤギたちが、娘からは逃げ腰になって距離を取ろうとするほどでした。

さすがに動物がかわいそうなので、手をつないで止めたり、「追いかけて怖がらせてはいけないよ」と言い聞かせていました。

ですが娘は、まるで理解していないように見えました。

言葉は多い、でもまねはしない

娘は、よくしゃべる子供でした。でも、言葉を「まねする」ことが、まったくありませんでした。

動物と遊んでいるとき、家でおもちゃで遊んでいるとき、いろいろな独り言を発していました。

「みかん」「シャンシャン」「にゃーにゃ」など、意味のある語彙はそれなりに数もありました。一般的に1歳児が持っている語彙力並みか、それ以上に、娘は言葉を知っていたと思います。

でも、親が「シャンシャンね」と言っても、その言葉をまねはしません。ニコニコとこちらを見返してくるだけ。

そして、絵本の読み聞かせも、全然聞いてくれませんでした。1歳のこどもが楽しむような絵本はたくさんあったのですが、絵本を開いてもながめず、寄っても来ません。

人見知りせず、親にも他人にも態度が変わらない

娘は、やたらに愛想のいい子供でした。公園やお店で知らない人に話しかけられると、とびきりの笑顔で抱きついていくのです。

その態度は、親に対するものとほとんど変わりませんでした。なので、親戚やそこらのおじちゃんおばちゃんからは、それはそれは可愛がられました。

親としては、心配でした。これでは目を離すと誘拐されてしまうかもしれない、誘拐犯に連れられて歩いていても、目撃した人も誰も気が付いてくれないのではないだろうか…と、本気で思っていました。

夜泣きしない

娘は、夜泣きを全くしませんでした。

卒乳も、不審そうな表情でしたが、2日後には忘れた様子でした。周りの知り合いは、それなりに苦労していたようなので、不思議でした。

目は合う、でも…

よく、自閉症児は視線が合わない、と言われます。

ですが娘は、目を覗き込めばいつも、にっこりと見つめ返してくる子供でした。その後、初めて3歳で発達検査を受けた時に「視線は合いますか?」と聞かれたときにも、迷うことなく「合います」と答えられるくらいでした。

でも、今思うと、定型発達の子の「目が合う」とは違っていたようです。

普通のこどもは、「自分から目を合わせに行く」のです。

同じ年ごろの子供たちは、母親と離れて遊んでいても、ふと顔を上げてきょろきょろします。そして、自分を見つめている母親と目が合うとニコッと笑ったりするようです。

娘には、そのようなことはほとんどありませんでした。名前を呼びかけるか、彼女の視界の中に入っていくことが必要でした。

でも、定型発達の子と同じようなところも

バイバイする

状況に合わせて、きちんとバイバイができていました。

クレーンはしなかった

いわゆるクレーン現象や、こちらの手を引いて目的のところに連れて行く、などの行動は、まったくありませんでした。

ものを並べる遊びも、興味なし

今現在、娘の弟である息子が、それはそれは好んで毎日のようにする「きれいに並べる遊び」には、娘は全く興味がありませんでした。

1歳半検診から2歳になるころまでの娘の様子

小さく生まれた娘でしたが、順調にぐんぐん大きくなり、1歳には体重が標準の範囲に入りました。低出生体重の原因が、本人ではなく母体側にあったからです。

そこで、1歳半検診からは、初めて「修正月齢」ではない「実月齢」で受けることになりました。

検診でのチェック項目はあっさりクリア

1歳半検診では、

  • 身体測定・聴力検査・歯科検診などの身体の検査
  • 卒乳や離乳食のチェック
  • 積み木を積んだり絵の名前を答えるような発達の検査

などがありました。

積み木を4つ積む検査

問題なく、積み上げることができていました。

ただ、実はこれは、前日に一度、家でやらせてみてしまっていました…。本当は、検査の前に練習してはいけなかったですね。

前日に試してみた理由は、娘はそれまで、我が家で購入してあった積み木にはほとんど興味を示さなかったからです。両手に持たせてみても、その積み木同士を打ち付けるような、赤ちゃんのような遊びしかしなかったのです。

なので、本当に「積み木を積んでごらん」といきなり言われて積めるのだろうか?と、単純に疑問に思ってやってみたまででした。

「積み木を積んで」といっても、きょとんとしているので、「こうやって積むんだよ」と1段、2段とやって見せると、理解したようで積んでいました。親としては、なんとなくほっとしたことを覚えています。

絵を見せ「これは何?」の質問に、「ワンワン」と答える検査

問題なく答えることができていました。(ほかにも猫、魚など6種類あり、うち5種類答えられた)

これは、娘が日ごろから最も得意としていた遊びの一つでした。

ただ、「はさみ」だけは答えませんでした。これは、過保護な私が娘にはさみを持たせたくなくて、それまで一切目に触れることなく育てたせいで、娘は「はさみ」そのものを知らなかった、ということがあると思います。

会話がない

言葉のキャッチボールにはならない

私はこのころまで、娘と「会話したことがありませんでした

「おせんべいいる?」「うん」などの単純なやり取りは何とかしていましたが、それ以上の、キャッチボールになるような会話らしい会話は、したことがありませんでした。何か話しかけてみても、娘はいつも、ニコニコするか無反応かでした。その反応は、全然、場面に合っていませんでした。

よその子は、親と話している

1歳半検診に行って、おや?と不思議に思ったことがありました。

みどり
みどり

ほかのパパやママたちは、子供に向かって話しかけてる…。

私は、話しかけても返事の帰ってこない娘に対して、

みどり
みどり

小さい子は、まだ会話は理解できないんだ。

と思っていました。なので、よそのお母さんたちがひっきりなしに子供に話しかけているのを見て、

みどり
みどり

みんな、独り言みたいにしゃべってるのかな?

子供が何を考えてるか想像して、想像上の会話をしてるのかな?

と感心していました。

本当は、よそのお母さんは皆さん、本当にわが子と会話をしていたんですよね。言葉はまだつたなくても、目と目を合わせてお話ししていたんですよね。

私は娘が、「普通」のコミュニケーションをとらなかったことに、まったく気がついていませんでした。「小さい子は、会話が理解できない」などという私の考えは、とんでもない勘違いでした。

私はママ友と集ってワイワイやるタイプではなく、いつも家で娘とのんびり暮らすことが好きだったので、ほかのこどもと比べる機会もあまりありませんでした。だから、同じ月齢のほかのこどもが、どんな風なのか、ほとんど知りませんでした。

指さししない、親の指さす方向も見ない

それから、よそのこどもたちが指をさしたり、親の指さす方向を自然に見たりしていたことも、わが子との違いとして気が付きました。

娘は、指差しをしない子供でした。

私が「ほら、あっちだよ」と何かを指さしても、その指自体を眺めていたりしました。

今から考えると、これはいかにも「発達に偏りがある子」の特徴でした。

親の気持ち

いくつかの偏りが見え始めていた娘。

ところが私は、

みどり
みどり

そうはいっても、一緒に検診を受けている子供たちより実際は2か月も違うんだから、できないこともあって当然。

そのうちできるようになるよね。

と、完全に「低出生体重」に原因がある、という認識でした。

何しろ当時の私は、発達障害の知識が全くなかったからです。それに、娘がかわいくてたまらなかったので、発達に問題があるとは考えもつかなかった、というのもあります。

むしろ私は、「生まれたのが2か月も早い子たちと同じことができるなんて、うちの娘は賢いわ」と思っていました。

まとめ

当時は何の違和感も持っていませんでしたが、1歳代のこのころから、見る人が見たら「発達障害の傾向があるかもしれない」と気が付くような特徴が、ちらほらと見え始めていました。

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